大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1242号 判決 1998年6月29日

主文

一  被告は、原告から福王カントリークラブ預託金証書(会員名原告、会員番号<略>、預託金額八〇〇万円)一通の交付を受けるのと引換えに、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六二年五月二日、被告の経営するゴルフ会員クラブ「福王カントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)へ入会するについて、被告に対し、入会保証金八〇〇万円(以下「本件預託金」という。)を預託し、同日、預託金証書(会員番号<略>)の発行を受けた。

2  前項の本件預託契約において、本件預託金は、預託金証書発行の日から一〇年間据え置き、その後は、原告から返還請求があった場合、預託金証書と引換えに返還するとの約定であった。

3  原告は、被告に対し、右一〇年間の据置期間が経過した後の平成九年六月一七日到達の書面をもって本件預託金の返還を請求した。

4  よって、原告は、被告に対し、本件預託契約に基づき、本件預託金八〇〇万円及びこれに対する弁済期後の平成九年六月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は、すべて認める。

三  抗弁

1  預託金据置期間の延長決議

原告が本件クラブ入会の際に承認した「福王カントリークラブ会則」(以下「本件会則」という。)第一二条には、入会保証金(預託金)の据置期間について、天災地変その他クラブの運営上やむを得ない事由があるときは、本件クラブ理事会及び被告の承認を得てその据置期間の延長をすることができる旨の定めがある。

いわゆるバブル経済の崩壊により、全国的なゴルフ会員権の急落、低迷という不測の事態が生じているが、多数の会員から預託金の返還請求がなされると、ゴルフ場の存続は危機に瀕することは明らかであって、本件会則第一二条の定める事由は、ゴルフ場の利用を主目的として預託された預託金の趣旨からして、ゴルフクラブの運営が困難となる事情がある場合を含むものと解すべきである。

被告は、平成九年一〇月二四日、本件会則第一二条に基づき、本件クラブ理事会において、本件預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の決議をした。したがって、本件預託金の返済期は、なお未到来である。

2  権利の濫用

バブル経済の崩壊という予測もできない経済情勢の変動がある中で、多数の会員から預託金の返還が一時に求められる事態となれば、もともと預託金はその趣旨目的に従ってゴルフ場施設の資金として充てられているわけであるから、被告の財政は破綻し、ゴルフ場の存続自体が危機に陥るのであり、原告がこうした事情に一切配慮することなく、被告からの分割弁済による和解の申出をも拒んで即時一括返済を主張するのは、権利の濫用として許されない。

3  預託金証書返還との同時履行

本件預託契約においては、本件預託金は、預託金証書と引換えに返還する約定であるから、被告は、原告が預託金証書を返還するまで本件預託金の返還を拒絶する。また、本件預託金についての遅延損害金も、預託金証書が返還されるまでは発生しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。預託金の据置期間の延長は、会員の契約上の権利を変更することにほかならないから、会則の個別的な承諾を得ることが必要であり、原告は据置期間延長について承諾をしていないので、右期間の延長は認められない。また、本件会則第一二条が「天災地変その他クラブの運営上、やむをえない事由があるとき」に据置期間の延長を定めているのは、地震災害など、正に不可抗力の事態によりクラブの運営に重大な支障が生じた場合に対処するための規定であるうえ、被告は、もともと一〇年間の据置期間を定めて預託金を償還することを明示して会員を募集したのであるから、これに対する準備をしておくべきであって、被告主張の現在の状況が「天災地変その他」に該当するとはいえない。

2  抗弁2について、原告は、所定の据置期間経過後に本件預託金という金銭の返還請求をしているに過ぎず、これが権利の濫用にあたるものではない。

第三  判断

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁1について

乙一号証、二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件会則第一二条には、入会保証金(預託金)の据置期間について、天災地変その他クラブの運営上やむを得ない事由があるときは、本件クラブ理事会及び被告の承認を得てその据置期間の延長をすることができる旨の規定があること、本件クラブの理事会は、平成九年一〇月二四日、右会則第一二条に基づき、本件預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の決議をしたこと、右決議に至った理由としては、いわゆるバブル経済の崩壊によってゴルフ会員権価額が急落し、預託金返還請求が増加して被告の経営を脅かしかねない状況にあるので、その財政的破綻を防止する必要があるというものであること、これらの事情が明らかである。

しかしながら、一〇年間の据置期間の後に返還を求めることができると定められていた預託金返還請求権を、さらに一〇年間据え置くことにするという本件会則の変更は、会員である原告の入会契約ないし本件預託契約における基本的な権利義務に重大な変更を生じさせるものであるから、その変更の効力いかんについては、被告側の事情のみでなく、会員側の経済的利害への慎重な考慮が必要と解されるうえ、本件会則第一二条が、据置期間延長の要件として「天災地変その他」という厳格な例示をしていることに照らすと、いわゆるバブル経済の崩壊による預託金返還請求の増加、ひいてはそれによる被告の財務内容悪化の懸念という事情が右の要件に該当するといえるかは疑問というべきである。したがって、原告において、本件クラブ理事会が右のような理由によって行った前記会則の変更を、本件預託契約締結の当時予想し、これをも承諾する意思であったとは解することができない。そうすると、右会則の変更は、原告に対して効力を生じないものといわなければならない。

三  抗弁2について

本件預託契約が締結された後の平成三年ころ以降、いわゆるバブル経済の崩壊といわれる経済情勢の大変動が生じたことは公知の事実であるが、本件預託金は、あらかじめ一〇年間の据置期間経過後に償還請求ができる旨を定めて預託されたものであって、被告は右償還時期に備えた対応を求められてもやむを得ないこと、また、前記の経済変動は、被告のみならず、原告を含む会員各自にとってもその影響を及ぼしうるものであること、これらの事情を考慮してみれば、被告の経営が困難な状況にあるとしても、原告が右約定にしたがって預託金の返還を求めることが権利の濫用にあたるとは解されない。

四  抗弁3について

甲一号証の預託金証書(4項)によれば、入会保証金(預託金)は、据置期間経過後、名義人から請求があった場合、預託金証書と引換えに返還する約定となっていることが明らかである。したがって、右証書の返還と本件預託金の返還は同時履行の関係にあるものと解される。

もっとも、右約定の趣旨目的は、被告が預託金を返還する際に、相手方の会員資格及び預託金返還請求権に関する重要な証拠資料である預託金証書を回収して、将来の無用の過誤、紛争を防止することにあると解され、預託金証書の返還と預託金の返還の関係が、民法五三三条の規定する対価関係に立つ双務契約上の債務関係にあるとは解されないから、右預託金返還請求権は、原告が前記約定所定の返還請求を行うことによって履行期が到来し、かつ、遅滞に付されるものというべきである。

原告が、被告に対し、右一〇年間の据置期間が経過した後の平成九年六月一七日到達の書面をもって本件預託金の返還を請求したことは前記のとおり争いがないから、被告は、翌一八日以降遅滞の責に任じなければならない。

五  以上のとおりであって、原告の請求は、被告に対する預託金証書の交付と引換えに本件預託金の支払を求め、かつ、履行期後である平成九年六月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六四条、六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村直人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例